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木曽学文化芸術振興事業
第1回 水墨画の巨匠 王子江 『“人生楽事”を解き描く』 日時 平成18年4月16日(日)
場所 木曽福島会館
共催 木曽町4公民館
国立中国美術館に収蔵された色彩水墨画「人生楽事」。その絵には、宴会の場において食事をとる人、酒を酌み交わす若者や老人など90人を超すさまざまな人物が描かれています。そのいきいきとした表情や描画からは、民族、生活、文化を含めた中国という国そのものを感じとることができます。今回の講座では、水墨画の巨匠である王子江先生が、水墨画の極意やご自身の目標をお話くださるとともに、まるで踊っているようなエネルギッシュな筆使いをご披露くださいました。
王子江プロフィール(おうすこう)
1958年、中国北京市で代々画家の家に生まれる。中国国立北京芸術学校卒業。東洋と西洋の美術の接点である日本での学習を志し29歳で来日、独自の作風を確立。国内では薬師寺や出雲大社に巨大障壁画が、また中国では中国当代国画家辞典に最年少で掲載され、国宝級を扱う国立中国美術館に作品が収蔵されている。個展も東京銀座、茂原市、姫路市のほか、海外では中国、台湾などで多数開催されている。
・日本美術家連盟会員・全国水墨画美術協会副会長・中国文化芸術発展促進会理事
・北京美術家協会会長・日本国際文学芸術家連盟副会長
…… 主な作品紹介 ……
1996年 100m水墨障壁画「雄原大地」茂原市収蔵
30m水墨障壁画「過去・現在・未来」姫路市収蔵
1997年 20m水墨障壁画「人類の愛」ニュージーランド政府収蔵
1999年 100m水墨障壁画「聖煌」奈良薬師寺収蔵
2001年 100m水墨障壁画「源流千古」姫路市収蔵
2003年 30m水墨障壁画「江山如画図」兵庫県たつの市収蔵
2004年 50m水墨障壁画「出雲勝境図」出雲大社収蔵
2005年 水墨作品「天地斉徳・日月同明」国立中国美術館収蔵
王先生は、実際に筆を使って水墨画の楽しさや筆の使い方を教えてくださいました。 記念講演『“人生楽事”を解き描く-人にとっての芸術文化の役割』 当日、王先生の講座に先立って、木曽福島出身で(株)太鼓センター代表取締役の東宗謙先生に、高度な芸術に触れること、実際に体験することの大切さについて、ご講演いただきました。
講師 東 宗謙 (ひがしむねのり)
1949年、木曽町福島八沢出身。立命館大学当時から始めた太鼓が本業となり、88年、京都に株式会社太鼓センターを設立。 太鼓楽曲のプロデュース、作曲・編曲のほか、多数の自治体で太鼓演奏を指導、木曽町内では木曽清流太鼓を指導している。
・NPO和太鼓文化研究会理事長 ・日本民俗音楽学会員 ・京都経済同友会員
小中学校ワークショップ 翌年(2007年)春には、町内の小中学校7校で水墨画のワークショップを開催しました。児童生徒たちは、普段と違う筆づかいに戸惑いながらも楽しそうに描いていました。貴重な経験ができました。 第2回 森ミドリ チェレスタトークコンサート --間(ま)--日時 平成18年7月2日(日)
場所 木曽福島保健センター
森ミドリ
名古屋市生まれ。2歳でヴァイオリン、5歳よりピアノを始める。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業後、同大学院に進み、作曲科修士課程修了。在学中、NHK番組の音楽を担当、また、テレビ、ラジオでの司会・インタビュアーなど数多くこなす。テーマ曲の作・編曲を手がけたNHK「趣味の園芸」で、5年間にわたり司会を務め、その後3年間、NHK教育テレビ「N響アワー」の司会も担当。観る人に花のようなさわやかな印象を与える一方、茶目っ気ぶりで人柄の良さ、優しさを印象づけ、子どもからご老人まで幅広いファンをもつ。
現在は、リクエスト曲を中心に、トークを交えながらジャンルを越えた様々な曲の即興演奏を聴衆に楽しんでいただくユニークで心温まるコンサート(ピアノとチェレスタ)を各地で開催。他に作詞、作曲、編曲、シンポジウム、エッセイ執筆などでも活躍中。総務省ふるさとづくり懇談会委員、国立国語研究所評議員をはじめとする20団体の委員・理事、さらに金沢大学非常勤講師も務める。
また、著書・CDとしては「東京緑散策」、「花いっとき」、5枚組CD「チェレスタはゆりかご」、CD付エッセイ集「花のエチュード」「雲の歌 風の曲」など多数。
チェレスタとは、「天空の」という意味のイタリア語。その名の通り、星が降りそそぐような可憐な音を奏でる楽器です。その音色は、今や究極の癒しの音ともいわれるほど・・・。そんな、心に響く音色です。
森ミドリさんからのメッセージ ~チェレスタとの出会いについて~
数年前、チェレスタという楽器に出会い、今の、この喧騒の世の中にこそ求められる楽器だと直感し探し始めました。さすがに、個人で持っている人は皆無に近く、なかなか見つけ出せずにいましたが、夢を持ち続けた甲斐あって、ようやく一台のミュステル製の楽器に巡り合うことができたのです。
チェレスタは、1886年にフランスのオーギュスト・ミュステルが鍵盤打楽器として完成させた、比較的新しい楽器です。仕組みはピアノとほぼ同じですが、見た目は、昔よく小学校にあった足踏みのオルガンに似ています。ピアノは最後にピアノ線に触れることによって音を出しますが、チェレスタは鉄琴に触れて音を出します。 実はある時、オルゴールのCDを買い求めましたら、それは本物のオルゴールではなく、シンセサイザーで打ち込んだ人工的な音源で作られていました。とても癒しまでいかないといいますか、心を感じ得ない、いわゆるオルゴールもどきだったのです。とてもガッカリしました。チェレスタも美しく清らかな音なのでサンプリングして使っていることも多いのですが、私の耳には、まったく別の音に聞こえます。単に機械的ではなく、やはり心というものを持ち合わせている人間の手によって弾くことで「人に求められる音」としてやさしく伝わるものではないかと感じたのです。 また、これまで良しとされていたリズム正しく、完璧に、そして正確に・・・という事よりも、人間としての本来のリズムに加え、速さだけではない、大切な、間(ま)、空間、余韻、息などを大事にして弾くことも必要なのではないかしら、と。ですから眠っているときの鼓動よりも、さらにゆっくりと、ゆったりと、海に漂うような心地よい演奏、消え入るような演奏をしたいと思いました。 あのチャイコフスキーは、1892年、パリで初めてこの楽器に出会い、「ああ、天来(てんらい)の妙音(みょうおん)だ!」と感嘆の声を上げたそうです。それでも、これまでオーケストラの中ではほとんど出番がなく、あっても隠し味程度にしか使われず(チェレスタと銘打った曲のタイトルは数曲しかありません)、どちらかといわずとも、脇役の楽器でした。
バラに添えられるカスミ草。実はカスミ草だけでフワッと束にしても、それはそれでなかなか雰囲気がある花束ができることをご存知の方は少ないようです。そんなカスミ草を主役に・・・そんな想いでチェレスタを主役にしたのです。つまりはチェレスタをソロ楽器として、五枚組のCD『チェレスタはゆりかご』を出しました。おそらく世界で初めてではないか、と評論家や存じ上げる作曲家たちが口にされますし、私もそうだと確信しています。
私の一番したかったのは《天空》で、75分間、あの野口聡一さんのように実際には飛べずとも、心だけでも思いを馳せて宇宙空間を散策する想いで、即興で弾き通しました。一切の編集はもちろん、カットもせず作り上げるのが夢で、実は、集中したため、ハッと時計に目をやったときには一分前の74分。それほど幸せな、とっておきのひとときだったのです。今でもあの75分を忘れることはできません。
その後CDが完成し、いろいろな方にお聴きいただきましたが、思いがけない反響がありました。それは「不眠症が治った」という人が続出したこと。また、「赤ちゃんができたので、胎教として聴いていますが、とてもふさわしい楽器だと感激しました」という声もあちらこちらから聞かれるようになり、とても嬉しく思いました。それはおそらく、チェレスタの音が倍音のない純音だからなのかもしれません。 歌人の俵万智さんは「うちの子は《五木の子守唄》になると必ず眠ってしまうのよ」とおっしゃっていましたし、作家の太田治子さんは、星空を眺めつつ、よく《天空》を聴いてくださっているとか・・・。大勢のみなさまに、これまで耳にしなかった響きとして喜んでいただいております。
一年ほど前、もう一台手に入りましたので、先の楽器を「お姉ちゃん」、後の楽器を「妹」と呼び、夫よりも(?)大事にしております。妹もこの六月、新潟県の長岡市で初デビュー。二人とも・・・いえ、二台とも旅が好きなようで、ホッとしているところです。
まだまだ世の中に浸透していないチェレスタ。今後もできる限りいろいろな町へ出かけ、みなさまに「弾くオルゴール」として心身を癒していただければ、こんなに嬉しいことはありません。
表現としては「水琴窟の音にメロディーがついたような・・・」「星が空から降りそそぐような・・・」「微風に揺れる風鈴に曲がついたような・・・」とでもいいましょうか。そう、オルゴールよりオルゴールらしいわね、といわれた方がいましたが、これはとても嬉しい言葉でした。
ピアノがあればピアノの弾き比べをし、みなさまからのリクエストを中心に、演奏とお話で綴りつつ、静かなひとときを楽しんでいただくコンサート。ときには、子どもたちに、ごろごろんコンサートといって、寝ながら聴いてもらう(もちろん眠ってしまってもいいのです)コンサートも・・・。
結局は大人たちも眠ってしまうんですけどね。どんな形であれ、私のチェレスタと共に、できるかぎり参りますので、ぜひ、お声をかけてくださいね。心からお待ちしております。
第3回 JAZZ Bassist 鈴木良雄 『感性と協奏』 日時 平成19年5月13日 (日)
場所 木曽福島会館
共催 木曽町4公民館
第3回は、木曽福島出身でジャズベースの第一人者である鈴木良雄さんをお招きして、普段聴きなれないジャズの魅力を教えていただきました。講座のあとは、BASSTARKの皆さんも参加して演奏も披露いただきました。
鈴木さんは、ジャスの成り立ち、歴史、ブルーノートと呼ばれるジャズ特有の音を実際にピアノを弾きながら、また日本民謡との比較などもお話しされました。その後、フルートの井上慎平さん、ピアノの野力奏さんにも協力いただき、独奏が許された数小節のなかで、いかにオリジナリティある即興ができるかと、相手のその即興に応える演奏、そうした感性と協奏が求められるジャズというものの心地よさを講話と演奏で教えてくださいました。普段ジャズを聴きなれない人にもジャズが身近に感じられる講座でした。 鈴木良雄先生(ベース、作曲、編曲)
1946年3月21日長野県木曽福島に生まれる。早稲田大学在学中、モダンジャズ研究会に入りピアノを担当。卒業後プロ入り。渡辺貞夫に師事し、彼の勧めもありベーシストに転向。69~73年の間、渡辺貞夫グループ、菊地雅章グループで活躍。
73年渡米し、74年スタン・ゲッツのグループ、75~76年はアート・ブレーキー&ジャズ・メッセンジャーのレギュラーメンバーとして活躍。76~80年ビル・ハードマン&ジュニア・クックのグループに参加。また、デイブ・リーブマンを擁した自己のグループでもニューヨークを中心に活動。このほかソニー・ロリンズ、リー・コニッツ、チェット・ベ-カ-等とも共演。同時にクラシック作曲法のレッスンを受け、ジャズのフィーリング、クラシックの素養、日本人としての感性をミックスさせた独自の音楽世界を築く。
85年帰国後、自己のグループ“MATSURI”を結成し再び日本を舞台に活動を開始する。93年新たなグループ“EAST BOUNCE”を結成、2001年には、アメリカ在住のギタリスト森士郎とのデュオアルバム「VA DA DU?」をリリース。現在、“BASS TALK”を結成。作品のなかには故郷“木曽”のイメージが随所に織り込まれている。
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