体験住宅の募集は終了しました
田舎暮らし情報
冬を快適に過ごすには
木曽町で暮らすには
先輩の声1
先輩の声2
先輩の声3
開田高原就農トレーニングハウス
空き家情報提供申込書

先輩の声1

木曽町で暮らす「先輩」をご紹介します。

いきいきとした毎日へ。木曽町で新生活を始めた「先輩」をリポート!

定年後の移住、気軽な2地域居住、就農など体験談をご紹介します。

さぁ、木曽町で暮らそう!

 


■report.1  移住で家族がひとつに。うちの自慢は家族愛です。

ペンション経営/寺本勝司さん(46歳)・京子さん(46歳)

1993年移住(名古屋市から開田高原西野へ)

「ロッジ上天気」

家族4人(長女高校2年生・次女中学1年生)

 

 「トンネルを抜けると景色が急にどーんと開けて御嶽山が見える、このスケールに感動して決断しました」。言い出したら聞かない、というご主人がサラリーマンを辞め、教員だった奥様と2歳の娘さんを連れ立って開田高原にペンションを構えたのは15年前。今でこそ行楽地として賑わう開田ですが、当時はスキー場もない手つかずの地。経営もさることながら、地元集落の独特なしきたりに馴染むまでかなり時間がかかったと言います。ただ、どんな時にも空元気で乗り切るご夫婦の強いスピリットもあってお客様は着実に増え、さらに集落の人たちとの交流も深まり、開田に溶け込んで暮らす今日に至りました。女性の目から見た田舎暮らしのポイントは?と奥様に尋ねると、「家族をもつ方の“移住”は1人だけの夢ではありません。妻や子供もぽーんとまるで違う環境に放り出されるのです。辛いことも沢山ありましたが、主人が私たちを優しく思ってくれたから、今日までやって来られたのです」と振り返ってくれました。中学1年生の次女もペンションを楽しくお手伝いする日々。親の背中を見て成長し、家族を1つにしてくれるのも、田舎暮らしの良さに思えました。



■report.2 強い意志と技・バランスのとれた資金計画が必要。いつでも移住の相談にのります!

■report.2

蕎麦店経営/高田典和さん(58歳)・恵美子さん(52歳)。

2003年開店(名古屋市から新開黒川へ)

幻の蕎麦 おやまぼくちそば「時香忘(じこぼう)」

※夫婦で移住(娘3人は名古屋在住)

 

  全国から蕎麦好きが駆けつけ、雑誌やテレビの取材を連日受ける高田さんのお店は、蕎麦処=木曽でも異色の存在です。商社で活躍の高田さんに転機が訪れたのは40歳後半、同僚が相次いで亡くなり、そこで生命の儚さを悟り、自分本来の道を歩もうと人生をリセットしたのでした。

 週末別荘で木曽町に住んでいた高田さんは地元の方々の縁にも恵まれ、土地や自宅・蕎麦畑などを次々と揃え、独学でそば打ちを始めます。昔食べた蕎麦の味を復活させるために、独自に開発した石臼で蕎麦を極粗挽きし、地元のオヤマボクチ(ヤマゴボウ)の葉脈をつなぎに扱うなどして、自分の哲学にかなった蕎麦にたどりつきました。どこにもないその個性あふれる味はまたたくまに評判になりました。しかしここまでの道程は決して楽なものではありませんでした。

 「木曽町に来たのは何もない田舎だから。自然がいっぱいある。競争社会の都会と違って人間らしい協調社会がある。でも仕事となると、都会よりも働き口は少ないし、新しいビジネスを始めるにしても消費者も少ない。事業の借金を返していくにはよほどの収入がないと無理。ここでは執念や志を持たないと人生をだめにする。成功のためには人がやれないことのために、頭と体を人いちばい使うことです」。成功の裏には色々な苦労を重ねた高田さん。だからこそ「移住の相談には親身になって応えたい」と嬉しいメッセージを頂きました。

 


2008年秋 取材