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■report.7 住めばどうにかなる(笑)。マイブランドめざして奮闘中。

就農移住/百合栽培

串田栄司さん(63歳)・京子さん(60歳)

1992年移住(東京都八王子市から開田高原西野へ)家族3人(長男は別居)

 

会社員を辞めて長野県に住もうと計画していた串田さんは、知人から「開田はよその村と違ってすぐ仲間に入れてくれる」の助言を頼りに開田への移住を決めました。役場で紹介された土地に、明治5年築の古民家を移築しいよいよ趣味の暮らしが始まりました。しかしその後バブルによって日本経済が停滞。少なからず影響を受けた串田さんは本格的に百合の切り花栽培を始めました。

「上伊那の農協の協力で1,200mの標高という開田の地の利を生かした百合の試験栽培をやったんです。すると発色が良い百合が育って褒めていただいた。で、開田ブランドをめざして栽培を本格化させたわけです。東京や大阪の業者さんにも“最高”と評価されました」。1.4haの土地に温室ハウス23棟、カサブランカ、ハイブリッドといった百合を取り扱い、5月から7月に球根を植え、8月から10月が出荷の最盛期、冬はスキー場でアルバイトをして過ごします。

 「とにかく開田の寒さは半端じゃないねぇ。雪でハウスが潰れたときもある。決して儲かる商売ではないけれど、大地に足をつけて暮らすと季節の素晴らしさがよく分かるんだね」。農業とは縁が無かった串田さんがこんな成果をあげる移住生活。何もかもが未知の田舎暮らし。しかし串田さんいわく「住めばどうにかなる」と笑う姿が印象的でした。

 



■report.8  生き甲斐なくして「楽」はなし。町の行事には積極的に参加を!

二地域居住

 相川民蔵さん(74歳)・澄江さん(74歳)

2005年移住(埼玉県所沢市から新開宇山へ)

 

 気管支炎の奥様のために、きれいな空気とおいしい水を求めて2地域居住を決めた相川さん。山村に興味があり、文豪・島崎藤村への思いもあって木曽町を選びました。雪に閉ざされる冬を除いて、毎年3月下旬から12月初旬まで木曽町で暮らし、月1回のペースで所沢に戻り、その往復は高速道路を使わず片道6時間のドライブを楽しんでいます。「おかげさまで強い薬に頼っていた女房はすっかり体調が良くなり、風邪もひかなくなりました!」と喜ぶ相川さんですが、オフシーズンの別荘地の寂しさに耐えかねて奥様は“プチ家出”をしたとか(笑)。3年間の実体験をもとにした田舎暮らしのアドバイスは「齢をとったらのんびりゆっくり、という考え方は良くありません。青年の気持ちで来ないと生き甲斐もなくなります。別荘に引きこもると、ひょっとすると地域のやっかい者になってしまうかも知れません」と断言されます。実際、相川さんご夫婦は体験講座や公民館活動・絵手紙教室など町の行事に積極的に参加し、奥様は資格を生かして着付け教室を開くなどしてみたいそうです。療養も大切ですが、田舎では生活を楽しむ前向きさも欠かせないと実感させられました。



■report.9 自分のポリシーを守りながら、サラサラした人間関係を築いています。

定年永住/河合  猛さん(65歳)・とも子さん(60歳)

2005年移住(愛知県東海市から福島社木へ)

 

 かねてから定年を迎えたら田舎暮らしを実行しようと計画していた河合さんご夫婦。理由は工場が隣接する環境で、騒音や汚染された空気に悩まされていたためで「窓を拭くとぞうきんが真っ黒、物干し竿を拭いても真っ黒、こんな毎日から開放されたかった」と奥様は言い、ご主人は「夏は暑くてエアコンが無くては眠れない。夏休みは信州のキャンプ場に連泊して過ごしました」と語り、趣味のアウトドアと重なって、定年永住へのプランは自然にかたまっていきました。そして定年後に築30年の自宅を売却、一人娘も嫁に出し、すっかり名古屋の生活を整理して木曽町に引っ越されてきました。

 移り住んだ土地は町が分譲募集する地区で、分譲地の指定業者と契約してロフトスタイル2階建ての家を建設。歩いて10分程で県立木曽病院、JR木曽福島駅がある好立地。分譲地は新しいコミュニティで、いろいろな生活ルールを自分たちで決める自由さもあります。

 移住当時を振り返って奥様は「憧ればかりだと挫折するのではないでしょうか。都会と田舎では生活習慣も考え方も違って、えっ?と驚くこともたくさん。もちろん順応は必要ですが、ここだけは譲れないとか守りたいとか、そんな自分のポリシーを持つことも大切です」。自分らしくサラサラ生きる、河合さんのこの姿勢はシンプルそのもの。きょうも「キャンプみたいな生活」を楽しむお2人です。

 



■report.10 体験村で予習した素顔の木曽。人の繋がりこそ、生活の基本では?

定年移住

小林喜久雄さん(60歳)・久美さん(56歳)

2008年マイホーム完成(名古屋市から新開大原へ)

 

 木曽駒高原自然村で2年間暮らした小林さんご夫婦は、その体験を生かし、自然村にほどちかい地に永住用のお住まいを建てられました。「両親が長野出身ということもあって私は長野県人になるのが夢(笑)。問題は名古屋っ子の家内がうんというかどうか。だから旅行で何回もこの地を訪れ、自然村での経験を重ねて気に入ってもらったんです」。

 自然村では、山菜採り、バーベキュー夏祭り、そば打ち交流会、味噌づくりなどの行事が開催され、ご近所の方々とふれあう貴重な機会になっています。小林さんは交流をきっかけに地域の方々とのおつきあいを拡げ、その縁でこの土地を借り、ご近所の建築会社でマイホームを建てたのでした。4LDKの新居から御嶽山を見晴らしながら、奥様は嬉しそうにこう言われます。「移住では人との繋がりをいかに築くかが大切だと思います。地元の方は、見知らぬ都会の人が気になるでしょうし、交流のチャンスが無ければ私たちは受け入れてもらえるかどうか心配です。暮らし始めて何かが起こったら、どなたに頼っていいかも分かりませんよね。その点、自然村での滞在はとてもいい経験でした」。

 名古屋市職員をリタイアし、いよいよ憧れの信州生活が始まります。ご主人は趣味のそば打ちのためにさっそく蕎麦畑を栽培。初収穫の味を近所の方に批評していただくのが楽しみと言います。


2008年秋 取材