モーツァルト ディヴェルティメント第11番ニ長調 K.251
ラッハナー 九重奏曲ヘ長調
シューベルト ピアノ五重奏曲イ長調 作品114 D.667 「ます」
ダマーズ 木管五重奏のための17の変奏曲 作品22
コルンゴルト ピアノ五重奏曲ホ長調 作品15
ブラームス セレナーデ第1番ニ長調 作品11(九重奏版)
メンデルスゾーン 弦楽五重奏曲第1番イ長調 作品18
シュポア 幻想曲と変奏曲変ロ長調 作品81
ボザ 管楽八重奏曲
ブラームス ピアノ四重奏曲第1番ト短調 作品25
ベートーヴェン 七重奏曲 変ホ長調 op.20
クロンマー 管弦八重奏のためのパルティータ へ長調 作品57
フォーレ ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 作品45
ヒンデミット 5つの管楽器のための小室内音楽 op.24 No.2
チャイコフスキー 弦楽六重奏曲 ニ短調 op.70 「フィレンツェの思い出」 

メンデルスゾーン 弦楽五重奏曲第1番イ長調 作品18

解説:寺西基之

 メンデルスゾーン(1809-47)が早熟の天才だったことはよく知られていよう。裕福な銀行家の家に生れた彼は、ベルリンの自宅で開かれていた音楽会のために、子供の時から室内楽や小編成のオーケストラ曲などを作曲し、その優れた才能を明らかにしている。この弦楽五重奏曲(ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ)もその一つ。1826年(17歳)に作曲されたもので、前年に書かれた有名な弦楽八重奏曲ほどの霊感の迸りや構成的まとまりには欠けているものの、その音楽性はいかにも初々しい。また古典的な形式感のうちにロマン的息吹を程よく溶け合わせたその作風は、終生基本的に変わることなかった彼の美質をすでに示している。もっとも、当初の形では緩徐楽章がなく、第2楽章にスケルツォ、第3楽章にメヌエットを持つ4楽章構成をとっていた。しかし1832年、メンデルスゾーンにとって年上の友人でありヴァイオリンの師でもあったE・リーツが死去し、彼はその追憶のための音楽を作曲、これを弦楽五重奏曲の第2楽章に組み込んだ。そしてスケルツォを第3楽章に回し、メヌエットは削除された。出版はこの形でなされ、以後演奏されているのはこの改訂版のほうである。
 第1楽章(アレグロ・コン・モート)は伸びやかな主題を持つ大規模なソナタ形式。第2楽章(インテルメッゾ、アンダンテ・ソステヌート)は前述のようにリーツの死に際して新たに書かれた緩徐楽章だが、いわゆる追悼曲らしい暗さはなく、叙情的な味わいを持つ。第3楽章(スケルツォ、アレグロ・ディ・モルト)は、八重奏曲のスケルツォとも共通するいわゆる妖精風の軽快な音楽で、それにフーガ風の書法が組み合わされる。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は、気分的に第1楽章に通じる伸びやかさを持っている。

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